2007年07月 アーカイブ

「感激した笑顔」

今日は、朝からお客様宅へ

以前からお話させていただいていた内容の確認など

そして、一通りご納得いただき次の段階へと進むことに

実は、今回のお客様には大変なご迷惑をお掛けしてしまった

奥様のお体も大切な状況だったにも関わらず

私共の至らぬ点が元で、お客様の不安な思いを駆り立ててしまった

ただ、ただ、お詫びするしかなかった

幾度かお邪魔する度、お話を聞いてくださり

そして、本日、以前の失態をお許し頂けた

さらに温かな笑顔まで見せていただくことができた

お引渡しなどの時でもそうだが、この「笑顔」や「お喜びの声」

これが私共の一番嬉しく感じる瞬間であり、仕事の醍醐味を感じる瞬間

まさに、感激する瞬間だ

(こんな事をブログで書くと会社の信頼に関わるかもしれない)

(しかし、「誠心誠意」が我が社の理念であるから正直に書くことにした)

業務の良い成果は、社員達のお陰

社員の失態は、代表者である私の責任

失態は、失敗なのだから真正面から受け止めるべきこと

そして、改善する事に全力を注ぐことが不可欠

この度の失態を深くお詫び申し上げます

大切な住まい作りをお手伝いさせて頂ける事に感謝し

心からお喜び頂ける住まい作りができるよう尽力いたします

本日の温かいお言葉と笑顔に社員一同心より御礼申し上げ

誠心誠意頑張りますので今後ともよろしくお願い申し上げます。

「学ばすための指導」

人は学ばなければ成長はない

しかし、学ぶ心がなければ学ぶ資格はない

逆に教える立場からすれば、人に何かを教えることは難しい

学ぶ気の有る者に的確な指導が出来なければ無意味

学ぶ気の無い者にいくら時間をかけ手取り足取り教えても無意味

全ては学ぶ側と教える側の熱意が合致しなければならない

教えるということは、常に厳しく接しなければならない

感情的に可哀想だと思っても心で止めねば相手の成長は遅れる

しかし、一番マイナスなことは、甘やかしの対応

甘やかすことは、相手の成長にストップをかける引き金となる

しかし、甘やかされるほうも自分を戒めねばならない

双方が同じ心構えを持ちえて初めて成長へと繋がるのであろう

そして、指導どうりの結果に対しては、キッチリと褒める事が大切

書く言う私も、甘えて過ごしてきた気がする

だから、甘えの心がどのようなものかが少しわかる気がする

例えば、子供が叱られている状況に遭遇する

心の中で”少し可愛そうだな”とも思う

しかし、その後の私の対応次第で子供の成長が大きく左右する

当たり前の事で叱られているにも関わらず

「そんなに怒らんでもいいのにな!」などと思ってしまう

もしそこで、慰めれば叱った者の愛情は無意味になってしまう

逆に、尻馬に乗り、私も叱れば反抗心を芽生させるであろう

良いことは良い、悪いことは悪いと教えることがしつけの本意

なぜ叱られたのか?

それを噛み砕く考え方を身に付けねば成長はない

甘やかしは、甘い感情を芽生えさせ、責任転嫁の考えを育んでしまう

自分を振り返り、子供を見ながらつくづくと実感する。

「言葉の大切さ」

言葉とは非常に難しいもの

ほんの少しの語尾の違い

ほんの少しの表現の違い

当然顔の表情や身振り素振りも伴うが

些細な違いで全く違った伝わり方をしてしまう時もある

伝える側の感情、受け取る側の感情でも変わるもの

特に、うわべだけの言葉の場合に起こりえる

心から熱意を込めて伝えるかどうかで決まるような気がする

一番身近なな表現方法だが身近な分だけ難しさも

赤ちゃん、子供、大人

少しずつ高度になるような気がする

しかし、大切な事は、真意をどう表現するかだと感じる

例えば大人に伝えて理解できる言葉の技術

その技術は赤ちゃんや子供には通用しにくい

なぜなら技術を持たぬ純粋な心で受け止めるから

別に大人が純粋ではないと言う訳ではない

しかし、年を経る毎に言葉の技術を習得していくのが現実

だから言葉で伝える時は、赤ちゃんや子供への言葉のように

誠実で純粋な表現が大切なのだと私は感じる

子供の表現は、嬉しいときや悲しいとき

楽しいときや悔しいときの表現がいたってシンプル

声の出し方や顔の表情を見ればほとんど解ってしまう

たまに羨ましく思うときもあるくらい

言葉の力は大きく大切な表現方法なのだとつくづく感じる。

「井の中の蛙」

勉強とは、何歳になってもしなくてはならないもの

只今、学生は夏休み

内の若君も夏休みの宿題をやってる様子

早いうちに片付けてしまいたいみたいで

漢字の書き取り

本読み

算数

などなどやっている様子

私も今までに経験したことの無いあることに挑戦中(勉強)

とは言っても実社会でのことだから学校の勉強とは訳が違う

しかし、何歳になっても全てが勉強なのだと実感する

違う分野の業務に入ると、周りが見えているか?見えてないか?

ハッキリと浮かび上がってくる己の甘さ

今の自分がまだまだ未熟で経験不足なのかを思い知る

己のレベルの低さ

価値観や判断基準の曖昧さ

様々な実体験により思い知らされることばかり

いつもの業務の中での時の流れ

違う業務の中での時の流れ

もっと周りを見られなければ、井の中の蛙にも値しない

全ての現実を受け止め乗り越えていかなければいけない

日々勉強できることに感謝の心で経験を重ね

それらを深く肝に銘じ、常に、確実に前進せねば。

「自然素材の柔らかさ」

今日は、見学会

床はやっぱり天然床材のパインですね!

今回の見学会場の床材は、モデルハウスと同じパイン材


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    「パインの床板」


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    「例えばオーク」


その他にも様々な無垢の床材もございます

無垢材の床板ならではの肌触りに癒されます

例えば冬時期には、スリッパも履かずに温かい

しかし、傷がつきやすいなどの欠点も少々ございますが

削れば元通り(少々のキズ)

また、無垢材は少々のヘコミならお湯で温めると戻ります

(塗膜があると戻りません、自宅での実験はおやめください)

昔の学校の廊下や教室に使われていた床材も全て無垢材

木には、心を癒す効果もございます

木の校舎~コンクリートの校舎へと時代と共に変貌してきました

校舎によって子供の育ち方にも少々影響するらしい

自然の力とは、大変興味深い部分がございます

けしてお仕着せはいたしません

自然素材による建物とそうでない建物との違いを知る

お客様の好みによってそれぞれの価値観があるかと思います

でも、そんなお勉強も住宅作りには必要なのではございませんか?

皆様、是非この機会に天然素材の床板をご体感くださいませ!

本日、足元のお悪い中をご来場いただきましたお客様方に感謝

是非、今後の住まい作りの参考にしてください

それでは明日も現地でお待ち申し上げております。

「完成現場見学会!」

さあ、いよいよ明日から2日間はココ

この素敵なお家の完成現場見学会

お施主様の温かなご好意によりまして、皆様に見学いただけます

外装は全てが塗り壁でできているためとっても素敵

内装には、パイン材の床&天井などなど

家作りを計画される上で、たいへん参考になるお家でございます

やはり、建てて悪かった!

ではなく

建てて良かった!と言って頂ける事がとても重要

後々のメンテナンスまで含めた家作りが大切だと存じます

我々は、お客様方にご満足頂けることが最高だと思います

この仕事をさせていただいていて幸せだな~て感じる瞬間です!

実生活に基づいた間取りを確認いただくには最適な見学会

また、失敗しなかった家作りを実感頂ける見学会の開催です


例えばこんなお客様!

● 3~4人家族のお客様

● 結露でお困りのお客様

● 素敵なお家が欲しいお客様

● 手に入らない?と諦めかけていたお客様


お客様毎に様々な思いを抱かれておられることと存じます

是非一度、弊社の誇る「ダブル断熱の家」にお越しください

それでは明日、心よりお待ちいたしております。

「通信簿」

今日は、長男が通信簿を貰ってきた様子


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見てみると○がたくさんあったので

「よくやったな~!」と言うと

奥方から一言

「○がついてるのは当たり前で、場所が問題なの!」

「左なら良いけど右はほとんどつかないの!」

ん~意味深な発言?

でも、○がついているんだから私的にはOKだ

○以外に私が嬉しかったこと

無遅刻!無欠席!無早退!

そう、これって社会人になれば当然の事

だから、現時点でしっかり出来ていることが嬉しく思えた

何事も基本が重要

これも全て、奥方様の躾の賜物であろう

やはり、基本ができて初めて向上する

だから私は嬉しかった!

これからも頑張ってほしい。

「考え方」

人は、考え方次第で全く進む方向が変わる

人生の上で様々な出来事に遭遇する

良いことにも、悪いことにも

その時々に、どのように進んでいくか

全ては考え方にて決まる

右へ進むのか

左へ進むのか

人によって受け取り方も違えば感じ方も違う

だから、様々な方向性が存在する

しかし、妥協をせず自分の本意にて進むことが大切だと思う

つい先日、内の長男が小学校でのスポーツ少年団で悩んでいた

どのスポーツ少年団に入ろうか?どこにも入らないでおこうか?

どうも悩んでいるらしく

悩む理由のひとつに友達とのやりとりもあるらしい

「○○君が、一緒のクラブに入って!って言わ~るん」

「あのクラブは、大変そうやからな~」

などと、子供心に様々なな理由で悩んでいるみたいだ

学生時代であれば、悩んでいても良いのかもしれない

しかし、社会へ出れば悩んではいられない

全てを自分で判断し、自分で責任を負わねばならない

何か事が起こったとき

「○○君が入ろって言ってくれたから良かった」

「○○君が入ろって言うたから入ったのに!」

入ったあとも考え方次第で様々な方向へ進んでいく

学生時代なら方向修正は比較的容易であろう

だから、学生時代の間にどれだけ自己判断の機会を重ねるか

それが、社会へ出たときに必要となる考え方の基礎だと思う

失敗だと思うか成功だと思うか

その判断基準も重要な考え方

親のお仕着せもいけないが、黙認もいけない

考え方を教えることは、難題だが大切な親の役目でもあると感じる

書く言う私も偉そうに言えた考え方を持ちえていない

しかし人生にとって、考え方とはとても大切なことだと思う。

「微妙な表現」

本日、お客様宅へご訪問

そして、昨日の台風の話になり

「台風がそれてありがたかったですね!」と言うと

「いや~結構きつかったみたいでトウモロコシが倒れてしまった」

とのお話が

台風でトウモロコシに被害が及ぶことを知った無知な私

田んぼの稲は、倒れるのを見かけるが

トウモロコシが倒れているのは見たことが無い

稲を育てるのも、野菜などを育てるのも大変なんだと実感

何事も、育てるものは違えども見方や考え方が大切なのだと感じた

話は変わるが今日の姫君はめずらしく、私に優しかった!


姫 : 「おとうしゃん!仕事行くんか?」

私 : 「うん、そうや」

姫 : 「いってらっしゃ~い!夜、帰ってきてな!」

私 : 「はい!」


言い方と表情は優しいが、微妙な表現

”夜、帰ってきてな!”とはどういう意味?

”今日は、帰ってきてもいいよ!”ってことなのか

それとも”いつも帰ってきてない”と思っているのか?

微妙な心理状態だが、いちお必要だと思われているのは確かだ

だから密かに嬉しい私。

「親子の会話?」

最近、内の若君と話が行き違う

私 : 「あのカミキリムシはどこで取ってきたん?」

若 : 「ん~!みぃーちゃんは食べてや~て△□・・・。」

私 : 「?????・・・・・?。」

何を言っているこの子は?

まったく意味不明な返答を、それも真顔で

で、再び質問するが同じ答えを

さらに、会話は続き


私 : 「カ・ミ・キ・リ・ム・シを!何処で捕ってきたん!?」

若 : 「ん~・・・・。ごちそうさま~!」と何処かへ


最近、私の言っていることがわからないのか聞いていないのか

まったく関係の無い返答をする若君

やはり、会話の少なさがこのような状況を招くのか?

会話は大切であることを心から感じる今日この頃

ちなみに、姫君は

奥方に怒られた後、私のそばに半泣きで走ってきて

私曰く : 泣きつくのか!可愛い子だ!っと思った瞬間

「おとうしゃんのバカ~!」との罵声をひと言

何なんだ、この兄弟は?

皆様、子供とのコミュニケーションは大切にしましょう

良いコミュニケーションは、良い間取りから!

では、また。

「雨をはじく外壁材!」

おなじみ「外断熱工法+外装塗り壁」

雨が降ると、水を弾いて洗い落とす特性がある

だから、美しさが長持ちするし、耐久性も高い

他の塗り壁と違う要素がもりだくさん!



   「雨をはじく外装塗り壁」


もうスグ台風がくるみたいだが、静かな天候

嵐の前の静けさだろうか?

そして本日、社員さん達は台風養生へ

看板、のぼり、その他もろもろの養生を

そこで私も彦根へ行ったついでにのぼりを撤去

台風の風って、どっちからどう吹くか場所によってバラバラ

数年前の台風の時期は、近畿に台風が大当たりだった

車で走ってると、電話線が垂れていてもう少しで激突

帰って車を見てみると、なんか様子が違う

よくよく見て見ると、車の天井についてたハズのキャリア!

そう、気がつけば無くなっていた

そこで早速!電話線の場所へ戻ってみるとやはり落ちてた

電話線に車じゃなく、運よくキャリアがひかかり吹っ飛んだ様子

車にひかかっていたら大惨事になっていたかもしれない

そして、無事回収し、帰路へ

そう、落し物は、落とし主の責任

皆様、車についている付属品が落ちないようにご注意を

では、また。

「嵐の日?」

今日は、彦根市へ

今度見学会を行う物件の社内検査のため

台風の影響か、大雨の中検査

でも、中に入るとさすが”ダブル断熱!”

ほとんど嵐の音が聞こえない

そして、何回見ても素敵なお家

そして、無事検査は終了

一路、長浜へ

で、帰り道もやはり大雨&風

さあ、午後から打合せ

後で書けたら書く

「嬉しそうな子供の笑顔!」

昨日、家に帰り小学2年の長男と話をしてた時

今日、ビバシティーに行ってたらしく

私が何してきたん?との質問に、コインゲームとの返答

たのしかった?って聞くと

120枚もコインが出てきたんやで!

とニコニコしながらとても嬉しそうに返答が

そして、その出てきた事に対して長男がひと言

「最後の1枚やったんや!でも、いっぱい出てきたん!」

「だから、出てきた瞬間、感謝します!って思ったん!」

感謝って言葉は知っているかも知れないが、意味はわかるのか?

そう思い、ひと言質問を

「どこでそんな言葉、教えてもらったん?」と聞くと

「友達がドッチボールの時に言ってや~たん!」

さらに

「感謝してます!って言わ~たおかげで勝てたん」

「みんな、その言葉のお陰で、嬉しくなったから勝てたん!」っと

そこで、幾つか聞いてみたが、理解している様子

”お陰”と”感謝”という言葉の意味を勉強したらしく

その言葉を嬉しそうに私に話してくれた

子供の成長に対する驚きを感じた

私は、この言葉と感じ方にとっても感動し、嬉しかった

良い友達を持てて、幸せな子だと思う

子供は、とても素直に受け取れることも感じた

歳をとるにつれ、すこしずつ素直さがなくなってしまうのが現実

私もこの素直さを見習わないといけない

そんな子供に育ててくれている奥様や周囲の方々

皆様に心から感謝しなければ

”感謝”という言葉を子供から聞けた私は幸せ者

では、また。

「旨いの心!」

人間って自信を持たなきゃ何もできない

何するにしても自身が大切だと思う

「経験ないからできない」ではなく、「なんとしてでもやる」

そんな気持ちがとっても重要なのだと思う

知らない事に挑戦するから新たな感動が生まれる

知らないから、緊張感が出て責任感も増す

同じことをするにも違った考え方、やり方次第で楽しめるはず

そう、やはり考え方がとても大事

関係ない話だが、昨日”餃子の大将”の味噌ラーメン食べた
(お持ち帰り用)

旨かった!

最近、蒸し暑いにも関わらず、食べるものが全て旨い

ホント、何食べても旨いから楽しい

別に1日1食にしてるからってわけではないが旨い

奥様の料理の腕前が上がったわけでもないと思うが

昔から食べることが好きだから嬉しい私

マズイと思って食べてるとマズく感じる

何も考えてないと普通

でも、感謝して美味しいって思って食べれば旨い

そう、何事も考え方

では、また。

「ダブル断熱って何?」

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もうスグ彦根市に初お目見えする「ダブル断熱の家」

こちらも素敵なお家!

まさに子育て家族のための「等身大のお家」

内部には自然素材が使用されていて温かいイメージ

ちなみに部屋数は4LDK

外壁は、もちろん外貼り断熱工法&塗り壁+スライスレンガ

当然壁の内部にもセルロースファイバーがパンパンに入ってる

そう、まさしくダブル断熱工法のお家

冬は暖房機1台

夏もクーラー1台

そんな程度の器具にて暖かく、涼しく生活できる

だからとっても家計に優しくお得なお家

毎年、冬場や夏場にバカにならない光熱費(エアコンなどの電気代)

これがなんと約半分になるから嬉しい

さあ、完成まであと少し

楽しみで仕方が無い

では、また。

「本音」

言葉の発し方ってとても大切だと感じる

ちょっとした言葉が、相手にとって幸も不幸にもなる

言葉とは、相手に表す大切な表現のひとつ

どうでもよい相手に贈る言葉

大切な相手に贈る言葉

それぞれの趣旨がある

しかし、本音で伝えることがとても重要な表現方法

ちょっとこの人いやだから

この人は好みだから

そんな曖昧な感情で曖昧な言葉を発するのであれば無礼

ただ単に、自分の現在の感情にて発する言葉

それほど身勝手な言葉は無礼であろう

言葉とは恐ろしいもので、自分の用を足すために出る言葉

これまた無礼な言葉だと感じる

自分の欲求を満たすため、周囲を巻き込む言葉の使い方

自分の目的を達成するがため、さも自分は無関係を装い

又は、自分はいかにもよい人の如く他人を巻き込む手法

これらを巧みに操る言葉の使い方

私は思うに心からずる賢いやり方だと感じる

私には、皆目検討がつかない考え方だ

親族すら犠牲にするものも少なくない

人生とは、はかなく険しいものかもしれない

しかし、人生を謳歌すべく純粋に生きることが大切

言葉の発し方一つで全てが表れるといっても過言ではない

人は、甘やかしの感情が優先してしまう

しかし、本音が一番重要な感情

常に本音で接することが相手にとっても重要であろう

本音で接することは難しいが

それをして本来の共感が生まれるはず

常に本音の自分にならねば

「取れないガーゼ」

今日は、またまた例の皮膚科へ

やっと耳のガーゼを貼らなくてもよいかと期待して

そして、今日は待ち時間もかなり短く処置室へ

そして、先生の会話が始まった

「あ~大分腫れが引いたな~」

「ココのコイツが出せるとええのにな~」

私は横になりながら、”何処のドイツだ?”などと思いに深ける

「ん~やっぱり出そか?~」

「でもな~」

で、数分先生の自問自答が続き

最終的には

「よし、出そ!」

とのひと言で処置開始

「あ~!出た!よ~しよし!」

「コイツも出せるかな~?よし出た!」

その後、私に手鏡が渡され

「ホラ!こんな感じで出てくるんや!」

で、私は一人でその処置状況を鑑賞するはめに

というか、私も見入ってしまった

まるで先生は、治療というより趣味の如くハマってる?

そして、先生の楽しそうな処置も終了し、再来院の告知

そして帰路へ

結局、私の望みもむなしくガーゼを貼られて!

このガーゼ、いつまで貼ってればよいのであろうか

では、また。

「学ぶ心」

学びの心とは、自ら見出さねば湧き出るものではない

ちょと本屋に立ち寄り本を買う

これも学びの心が繁栄された自発的行為


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   「例えばこのような本」


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   「例えばこのような本も」


日々の生活の中で、ほんの少しの気づきの心

目的は、各々によって違い、学び方も違う

しかし、ちょっとした捕らえ方によって得られる何かがあるはず

当たり前の事を、当たり前にやっていても進歩は無い

今、自分が成長する上で何が必要なのか

そんな思いを浮かべ、常に探求し続けることが大切な思考

私ももっともっと学びの心を大切にして精進しなくてはいけない

過去から奥深く依存する心、それらを捨て去ることは重要

依存することは、停滞することを意味し、成長への影響となる

新たな決意と共に、たゆまぬ努力で前進あるのみ

では、また。